餃子を家で作る
2008/03/04 Tue [Edit]
中国の人は、餃子をよく食べます。
春節の頃に買い記事「爆竹と花火〜中国の旧正月(2)」でも少しだけ触れていますが、こちらでは年越しの際には餃子を食べます。
中国でよく見かけるのは水餃子です。
日本だと焼き餃子がほとんどですが、それはこちらでは珍しい食べ方のようです。
中国に住み着いてしばらくした頃、こちらの油っぽくて辛い料理を、胃が受け付けないようになりました。
勤めていた会社が入っているビルの食堂で出る料理は、油でべとべとで唐辛子がたくさん入っているものばかりになった時期があります。もう食欲がなくなって、食堂の従業員の方たちに「これは辛いですか?」という質問ばかりしていました。
そんな異文化ギャップに苦しんでいるときに、私を助けてくれたのが水餃子です。
こちらでポピュラーな餃子は、「豚肉と白菜」とか「豚肉と芹菜」とか、肉(または海鮮)と野菜が一緒に具になっているものが多いです。またそれが水餃子で出されますから、余計な油分がお湯に出てしまって、食べやすいのです。
たまたま住んでいたところの近所に安い餃子店があって、会社帰りによって食べたり、出前を頼んで食べたりと、重宝しました。
その後、中国人と付き合うようになり(今の妻です)、彼女が家で餃子を作ってくれるようになりました。
引越しをしてしまったこともあって、重宝した餃子店には行かなくなってしまったのも、家で作るようになった一因かも知れません。
私が家での餃子作りに目覚めたのは、去年の国慶節休暇。
彼女の実家に行き、両親に会って彼女との結婚を承諾してもらったときのことです。
国慶節だから餃子を作ったのか、娘の旦那が来たから作ってくれたのか、まだよく分かっていません。
お父さんが小麦粉をこね、棒で延ばして皮を作ります。
お母さんが豚肉や野菜を刻みます。(お父さんの方が皮作り上手い?)
途中でお母さんが疲れたので、妻(当時は彼女)が「代わりに肉と野菜を切ってよ」と言うので、面白半分に始めました。
彼女の実家は農家なので、古びた広い台所です。そこに小さめの丸太を切り出しただけのような、まな板と呼ぶにはサイズのでか過ぎる板があります。
その上に適当にぶつ切りした豚肉を乗せ、さらに中国の幅広な包丁を使って、上からリズムよく叩きつけるようにして、肉を切っていきます。この作業を続けていると、肉はお店で売っているミンチよりももっと細かく、上質の粘り気が出てきます。
肉がすんだら野菜も刻み込んで、その両方を混ぜ込んで、餃子の具が出来上がります。
その具を、お父さんが作った皮に包んでいくのですが、こちらの人は男性でも包むのが上手い。(当然、例外も多くいますが)
お父さん・お母さん・妻の3人がかりで、大量の餃子が作り上げられていきます。私もちょっとだけ参加したのですが、あまりのノロさと出来の悪さに、肉切り係でけで良いと言われてしまいました。
これが原体験になっているのでしょう。
今でも、妻と二人で、自宅で餃子を作るときには、私が肉と野菜を刻みます。
多目の肉を刻んでいくのは、やはり男の力があったほうが良い具になります。
肉と野菜を刻み込んだら、妻が具を皮に包みます。
このとき私はニンニクの皮をむいて、小さなウス(すり鉢)みたいな物の中に入れて、杵ならぬ棒で叩き始めます。
餃子にニンニクはつき物ですが、こちらでは餃子の具として入れません。醤油やお酢と一緒にして、調味料として使います。
最初の頃は包丁で細かく切って使っていましたが、すり鉢の中で叩き潰して使った方が、より風味があって美味しいことに気づきました。
自宅で作ると時間がかかってしまいますが、具の中味・使う調味料、全部自分たちの好みに作れますから、外で食うのが勿体無いと感じるほど美味しい餃子が出来上がります。
出来上がった餃子を食べるのは、作るのと比較すると「あっと」言う間ですから、最後は何だかあっけないですが。
つらつらとこんなことを書いているのは、今日、妻のリクエストでまたまた餃子を作って食べたからでした。美味しかったです。
春節の頃に買い記事「爆竹と花火〜中国の旧正月(2)」でも少しだけ触れていますが、こちらでは年越しの際には餃子を食べます。
中国でよく見かけるのは水餃子です。
日本だと焼き餃子がほとんどですが、それはこちらでは珍しい食べ方のようです。
中国に住み着いてしばらくした頃、こちらの油っぽくて辛い料理を、胃が受け付けないようになりました。
勤めていた会社が入っているビルの食堂で出る料理は、油でべとべとで唐辛子がたくさん入っているものばかりになった時期があります。もう食欲がなくなって、食堂の従業員の方たちに「これは辛いですか?」という質問ばかりしていました。
そんな異文化ギャップに苦しんでいるときに、私を助けてくれたのが水餃子です。
こちらでポピュラーな餃子は、「豚肉と白菜」とか「豚肉と芹菜」とか、肉(または海鮮)と野菜が一緒に具になっているものが多いです。またそれが水餃子で出されますから、余計な油分がお湯に出てしまって、食べやすいのです。
たまたま住んでいたところの近所に安い餃子店があって、会社帰りによって食べたり、出前を頼んで食べたりと、重宝しました。
その後、中国人と付き合うようになり(今の妻です)、彼女が家で餃子を作ってくれるようになりました。
引越しをしてしまったこともあって、重宝した餃子店には行かなくなってしまったのも、家で作るようになった一因かも知れません。
私が家での餃子作りに目覚めたのは、去年の国慶節休暇。
彼女の実家に行き、両親に会って彼女との結婚を承諾してもらったときのことです。
国慶節だから餃子を作ったのか、娘の旦那が来たから作ってくれたのか、まだよく分かっていません。
お父さんが小麦粉をこね、棒で延ばして皮を作ります。
お母さんが豚肉や野菜を刻みます。(お父さんの方が皮作り上手い?)
途中でお母さんが疲れたので、妻(当時は彼女)が「代わりに肉と野菜を切ってよ」と言うので、面白半分に始めました。
彼女の実家は農家なので、古びた広い台所です。そこに小さめの丸太を切り出しただけのような、まな板と呼ぶにはサイズのでか過ぎる板があります。
その上に適当にぶつ切りした豚肉を乗せ、さらに中国の幅広な包丁を使って、上からリズムよく叩きつけるようにして、肉を切っていきます。この作業を続けていると、肉はお店で売っているミンチよりももっと細かく、上質の粘り気が出てきます。
肉がすんだら野菜も刻み込んで、その両方を混ぜ込んで、餃子の具が出来上がります。
その具を、お父さんが作った皮に包んでいくのですが、こちらの人は男性でも包むのが上手い。(当然、例外も多くいますが)
お父さん・お母さん・妻の3人がかりで、大量の餃子が作り上げられていきます。私もちょっとだけ参加したのですが、あまりのノロさと出来の悪さに、肉切り係でけで良いと言われてしまいました。
これが原体験になっているのでしょう。
今でも、妻と二人で、自宅で餃子を作るときには、私が肉と野菜を刻みます。
多目の肉を刻んでいくのは、やはり男の力があったほうが良い具になります。
肉と野菜を刻み込んだら、妻が具を皮に包みます。
このとき私はニンニクの皮をむいて、小さなウス(すり鉢)みたいな物の中に入れて、杵ならぬ棒で叩き始めます。
餃子にニンニクはつき物ですが、こちらでは餃子の具として入れません。醤油やお酢と一緒にして、調味料として使います。
最初の頃は包丁で細かく切って使っていましたが、すり鉢の中で叩き潰して使った方が、より風味があって美味しいことに気づきました。
自宅で作ると時間がかかってしまいますが、具の中味・使う調味料、全部自分たちの好みに作れますから、外で食うのが勿体無いと感じるほど美味しい餃子が出来上がります。
出来上がった餃子を食べるのは、作るのと比較すると「あっと」言う間ですから、最後は何だかあっけないですが。
つらつらとこんなことを書いているのは、今日、妻のリクエストでまたまた餃子を作って食べたからでした。美味しかったです。
中国は間違い電話が多い?
2008/03/01 Sat [Edit]
さっき電話がなりました。携帯ではなく、自宅に設置している固定電話の方に。
この固定電話、こちらでADSLに加入するときにパックになっていたもので、割安だからという理由だけで申し込んだものです。主に、妻が家族に電話するときに使うようにしようと決め、他の人には番号を教えていない、ごくプライベートな使い方をしています。なので、固定電話にはめったに電話がかかってきません。
先ほどかかってきた電話は、発信者番号は大連市内のものでした。
「おかしいな。大連市内でかかってくると言ったら、料金支払とか送水屋からかな?」
で、電話を受けてみると、まったく知らない赤の他人です。
私「もしもし、こんにちわ」
相手「○○(女性の名前)は、いないのか?」
来ました。間違い電話です。
どうも中国では、日本と比較して間違い電話が多いように感じます。大連に住み着いてもうすぐ2年になりますが、これまで何度も何度も間違い電話がありましたから。
私「それ、誰ですか?」
相手「お前こそ誰なんだ?」
私「あなたが言った人は、うちにはいませんよ」
相手「お前は誰なんだ?」
私「電話をかけた方が先に名乗るべきでしょう。あなたは誰ですか?」
相手「○○はいないのか?」
私「そんな人は、ここにはいません」
相手「いないのか?」
私「あなた、どこに電話をかけたんですか?」
相手「・・・もういい」 ガチャン!
ここで、相手はいきなり電話を切ります。
今回の相手は強情でしたが、とくに今日だけの話に限ったことではありません。
相手の弁解をしておくと、故意に間違い電話する人はいないでしょうから、自分がかけ間違えたことに気づきにくいのかも知れません。
大連に住む他の日本人も言っていましたが、「こちらの人は、自分が間違い電話をしたことを認めたがらない」という気分になるそうです。
話を過去に戻しますと、携帯電話を買って1ヶ月も経たないうちから、月に1度か2度の割合で間違い電話がかかってきました。もしかして、私が買った携帯電話の番号が、以前に誰かが使っていた物なのかも知れませんが。
それでも、コンスタントに間違い電話はかかってきます。
個人的に印象に残っている間違い電話があります。
約1年前に、私の携帯電話にかかってきたものです。相手は男性でした。
相手「・・・(しゃべらない)」
私「もしもし」
相手「○○(やはり女性の名前)は、どうしたんだ?」
私「それ、誰ですか?」
相手「何で男が電話に出るんだ?」
私「あなた、電話をかけ間違えてますよ」
相手「いいから早く○○を出せ」
私「そんな人は知りません」
相手「お前は誰なんだ?」
私「この携帯電話は、○○の物じゃないですよ」
相手「本当に○○はいないのか?」
私「だから、あなたがかけ間違えているんです」
相手「○○は、どこにいるんだ?」
とにかく、自分が間違い電話をしたことを認めようとしない。これまでのもので、最も強情でした。
放っておくと、いつまで絶っても終わりそうにないので、「間違いですよ!」と言ってから電話を切りました。
それから身につけた智慧があります。
携帯に電話がかかって来たときは、わざと日本語で「はい、もしもし」と言うのです。
私宛に電話をしてくる人は、私が日本人だと知っているので、日本語を使えない人でも「私です、◎◎です」と名乗ってくれます。この日本語の対応を聞いて混乱しているようなら、それはかなりの高確率で間違い電話です。
この固定電話、こちらでADSLに加入するときにパックになっていたもので、割安だからという理由だけで申し込んだものです。主に、妻が家族に電話するときに使うようにしようと決め、他の人には番号を教えていない、ごくプライベートな使い方をしています。なので、固定電話にはめったに電話がかかってきません。
先ほどかかってきた電話は、発信者番号は大連市内のものでした。
「おかしいな。大連市内でかかってくると言ったら、料金支払とか送水屋からかな?」
で、電話を受けてみると、まったく知らない赤の他人です。
私「もしもし、こんにちわ」
相手「○○(女性の名前)は、いないのか?」
来ました。間違い電話です。
どうも中国では、日本と比較して間違い電話が多いように感じます。大連に住み着いてもうすぐ2年になりますが、これまで何度も何度も間違い電話がありましたから。
私「それ、誰ですか?」
相手「お前こそ誰なんだ?」
私「あなたが言った人は、うちにはいませんよ」
相手「お前は誰なんだ?」
私「電話をかけた方が先に名乗るべきでしょう。あなたは誰ですか?」
相手「○○はいないのか?」
私「そんな人は、ここにはいません」
相手「いないのか?」
私「あなた、どこに電話をかけたんですか?」
相手「・・・もういい」 ガチャン!
ここで、相手はいきなり電話を切ります。
今回の相手は強情でしたが、とくに今日だけの話に限ったことではありません。
相手の弁解をしておくと、故意に間違い電話する人はいないでしょうから、自分がかけ間違えたことに気づきにくいのかも知れません。
大連に住む他の日本人も言っていましたが、「こちらの人は、自分が間違い電話をしたことを認めたがらない」という気分になるそうです。
話を過去に戻しますと、携帯電話を買って1ヶ月も経たないうちから、月に1度か2度の割合で間違い電話がかかってきました。もしかして、私が買った携帯電話の番号が、以前に誰かが使っていた物なのかも知れませんが。
それでも、コンスタントに間違い電話はかかってきます。
個人的に印象に残っている間違い電話があります。
約1年前に、私の携帯電話にかかってきたものです。相手は男性でした。
相手「・・・(しゃべらない)」
私「もしもし」
相手「○○(やはり女性の名前)は、どうしたんだ?」
私「それ、誰ですか?」
相手「何で男が電話に出るんだ?」
私「あなた、電話をかけ間違えてますよ」
相手「いいから早く○○を出せ」
私「そんな人は知りません」
相手「お前は誰なんだ?」
私「この携帯電話は、○○の物じゃないですよ」
相手「本当に○○はいないのか?」
私「だから、あなたがかけ間違えているんです」
相手「○○は、どこにいるんだ?」
とにかく、自分が間違い電話をしたことを認めようとしない。これまでのもので、最も強情でした。
放っておくと、いつまで絶っても終わりそうにないので、「間違いですよ!」と言ってから電話を切りました。
それから身につけた智慧があります。
携帯に電話がかかって来たときは、わざと日本語で「はい、もしもし」と言うのです。
私宛に電話をしてくる人は、私が日本人だと知っているので、日本語を使えない人でも「私です、◎◎です」と名乗ってくれます。この日本語の対応を聞いて混乱しているようなら、それはかなりの高確率で間違い電話です。
値切って靴を買う
2008/02/29 Fri [Edit]
先日――春節休暇が明けたばかりの頃でしたが――靴を買いました。
靴と言っても、そんなに高価な物は買っていません。そこいらの若者が履くような、ややオシャレが入ったスニーカーです。
こちら大連で、品質が良くて履き心地の良い靴を買おうとしたら、大手ショッピングモールやデパートなどの、きちんとした靴売り場で買い求めるべきでしょう。
でも私は、大連で暮らし始めたときに薄給だった記憶から、どうしても安いモン買いに走ってしまします。
今回、靴を買ったのは、五四広場附近にある地下商場。土日も仕事をしていた有様でしたので、品数が豊富なところに行こうにも、その時間がとれなかったので近場で我慢です。
地下商場の靴売り場を眺めて歩いて、「まあ、これならいいだろう」というのを見つけました。
靴本体には「CONVERSE」の縫い取り文字がありますが、基本的に安いモンが並べられた商場、ニセモノであることは買う前から確信しています。ぱっと見ただけでも、「CONVERSE」の文字を縫った糸がほころびているし・・・
私は変なこだわりがあって、ニセモノと分かっている靴を買うときでも、履き心地が気になります。
気に入ったデザインのものを見つけては、足に合うサイズのを持ってきてもらい試し履きをします。狭い店内をちょっと歩き回って、履き心地を確認。悪ければ、デザインが良くても「不舒服」と言って買いません。
で、この日は、簡単に履き心地が悪くないのが見つかりました。
この時点で「買おう」と決意します。店員との値切り交渉がスタートです。
(以下、日本語に訳してお届けします)
私「これ、いくら?」
店員「145元だけど、110元にまけておきます」
と、ここで安くしてもらったと言って金を払ってはいけません。
私「えー、高いよ。もっと安くならない?」
店員「・・・いくらなら買いますか?」
私「60元なら買うよ」
店員「それは無理です。そんなに安くできません!」
このとき、店員さんはちょっと不機嫌になっているのですが、そんなのに反応していたら値切りの快感は得られません。
私「ああそう。それなら買わない」
そう言って、私は店を立ち去ります。すでに他の店内(狭い商場なので)をのぞき込んだりして、さっきまで買おうとしていた靴のことは、すっかり忘れた風情を装います。
すると、ほぼ90%の確率で、店員さんが何か怒鳴ってきます。表情とか口調は、日本人の私からすると、もう怒っている感じです。
そうです。店員さんを怒らせれば、値切り交渉は勝ったも同然です。
店員「あんたが言った値段で売るから、戻ってらっしゃいよ!」
そこで私は店に戻り、自分が言っただけの金額を払って、その商品をゲットする次第です。
今回は、ニセモノのコンバーススニーカー、60元也。精算が済んで靴を受け取った頃には、店員さんの怒った表情も解け、元の笑顔で売ってくれます。
大体、こんな感じです。
似たような商場で靴や衣服・鞄などを買うときには、ほぼこのパターンを使っています。
ちなみに補足すると、今回私が買った靴、お店の仕入値は20元から高くても30元くらい。
私の妻は、元々小さな衣服売り場を経営(とは言っても、大したお店じゃないですよ。貸しスペースの密集地帯で物を売っていただけですから)していましたそ、そのときの友人が今でも服屋を営んでいて、そこで靴も扱っています。そんな事情から、仕入れ先とおおよその仕入値が分かるのです。
なので、私が払った代金60元は仕入値の2倍から3倍の金額になります。
ひとつの靴だけでも大きく稼ごう、としていた店員さんの気持ちは潰えましたが、もしあそこで私の値切りに応じなければ、売上自体が発生していません。その辺を店員さんは機敏に判断して、しっかりとその日の売上を確保していたのです。
靴と言っても、そんなに高価な物は買っていません。そこいらの若者が履くような、ややオシャレが入ったスニーカーです。
こちら大連で、品質が良くて履き心地の良い靴を買おうとしたら、大手ショッピングモールやデパートなどの、きちんとした靴売り場で買い求めるべきでしょう。
でも私は、大連で暮らし始めたときに薄給だった記憶から、どうしても安いモン買いに走ってしまします。
今回、靴を買ったのは、五四広場附近にある地下商場。土日も仕事をしていた有様でしたので、品数が豊富なところに行こうにも、その時間がとれなかったので近場で我慢です。
地下商場の靴売り場を眺めて歩いて、「まあ、これならいいだろう」というのを見つけました。
靴本体には「CONVERSE」の縫い取り文字がありますが、基本的に安いモンが並べられた商場、ニセモノであることは買う前から確信しています。ぱっと見ただけでも、「CONVERSE」の文字を縫った糸がほころびているし・・・
私は変なこだわりがあって、ニセモノと分かっている靴を買うときでも、履き心地が気になります。
気に入ったデザインのものを見つけては、足に合うサイズのを持ってきてもらい試し履きをします。狭い店内をちょっと歩き回って、履き心地を確認。悪ければ、デザインが良くても「不舒服」と言って買いません。
で、この日は、簡単に履き心地が悪くないのが見つかりました。
この時点で「買おう」と決意します。店員との値切り交渉がスタートです。
(以下、日本語に訳してお届けします)
私「これ、いくら?」
店員「145元だけど、110元にまけておきます」
と、ここで安くしてもらったと言って金を払ってはいけません。
私「えー、高いよ。もっと安くならない?」
店員「・・・いくらなら買いますか?」
私「60元なら買うよ」
店員「それは無理です。そんなに安くできません!」
このとき、店員さんはちょっと不機嫌になっているのですが、そんなのに反応していたら値切りの快感は得られません。
私「ああそう。それなら買わない」
そう言って、私は店を立ち去ります。すでに他の店内(狭い商場なので)をのぞき込んだりして、さっきまで買おうとしていた靴のことは、すっかり忘れた風情を装います。
すると、ほぼ90%の確率で、店員さんが何か怒鳴ってきます。表情とか口調は、日本人の私からすると、もう怒っている感じです。
そうです。店員さんを怒らせれば、値切り交渉は勝ったも同然です。
店員「あんたが言った値段で売るから、戻ってらっしゃいよ!」
そこで私は店に戻り、自分が言っただけの金額を払って、その商品をゲットする次第です。
今回は、ニセモノのコンバーススニーカー、60元也。精算が済んで靴を受け取った頃には、店員さんの怒った表情も解け、元の笑顔で売ってくれます。
大体、こんな感じです。
似たような商場で靴や衣服・鞄などを買うときには、ほぼこのパターンを使っています。
ちなみに補足すると、今回私が買った靴、お店の仕入値は20元から高くても30元くらい。
私の妻は、元々小さな衣服売り場を経営(とは言っても、大したお店じゃないですよ。貸しスペースの密集地帯で物を売っていただけですから)していましたそ、そのときの友人が今でも服屋を営んでいて、そこで靴も扱っています。そんな事情から、仕入れ先とおおよその仕入値が分かるのです。
なので、私が払った代金60元は仕入値の2倍から3倍の金額になります。
ひとつの靴だけでも大きく稼ごう、としていた店員さんの気持ちは潰えましたが、もしあそこで私の値切りに応じなければ、売上自体が発生していません。その辺を店員さんは機敏に判断して、しっかりとその日の売上を確保していたのです。
内モンゴルのしょっぱいお茶
2008/02/28 Thu [Edit]
お久しぶりです。
訳あって、しばらく自宅に戻ることが出来ませんでした。
その間に貴重な経験をしてきましたので、それは改めてこのブログにて報告します。
さて昨日、妻の友人が遊びに来ました。
その友人、結婚前提で付き合っている彼氏がいます。
先日の春節期間(旧正月)を利用して、彼の実家に行ってきたとのこと。彼氏の実家は内蒙古自治区の呼和浩特(フフホト)市郊外にあるそうです。
そのときに買った内蒙古みやげを、持ってきてくれたのです。
そのみやげは、「内蒙特产 奶茶」です。
↑
ちょっと見かけない文字がありますが、中国の簡体字を使っています。
日本の漢字で書けば、「内蒙特産 乳茶」とでもなりますか。
これが、そのパッケージの写真です。
「蒙牛」という、中国では有名な牛乳・乳製品の会社が出しているものですが、少なくとも私は、大連市内で売っているのを見かけたことがありません。
パッケージにある「奶茶」の大きな文字と、「内蒙特产」の文字が見えるでしょうか。
さらに下の方には、モンゴル風の装束をした女性の写真と、ゲル(パオ)という蒙古特有のテント家屋のイラストがあります。
さてさて、せっかく頂いたおみやげですから、早めに頂かないといけません。
そう思って、本日早速飲んでみました。
中には1回分がアルミ袋に納められたインスタント飲料ですから、作るのに難しいことはありません。
カップに入れて、300ccのお湯を注ぐだけ。あとはスプーンでかき混ぜるだけです。
はい、出来上がり。
一口飲んで感じたのは、「しょっぱい!」
原材料を見ると、「牛乳・磚茶(レンガ状に固めたお茶)・食塩」となっています。
ああ、そうだったそうだった。昔TVで見たモンゴル紹介番組で、あちらでは塩を入れたしょっぱいお茶を飲むと言っていたっけ。
そんな知識を本当の経験に変えてくれたインスタント飲料に感謝しながら、今夜はこの辺で終わりにします。
訳あって、しばらく自宅に戻ることが出来ませんでした。
その間に貴重な経験をしてきましたので、それは改めてこのブログにて報告します。
さて昨日、妻の友人が遊びに来ました。
その友人、結婚前提で付き合っている彼氏がいます。
先日の春節期間(旧正月)を利用して、彼の実家に行ってきたとのこと。彼氏の実家は内蒙古自治区の呼和浩特(フフホト)市郊外にあるそうです。
そのときに買った内蒙古みやげを、持ってきてくれたのです。
そのみやげは、「内蒙特产 奶茶」です。
↑
ちょっと見かけない文字がありますが、中国の簡体字を使っています。
日本の漢字で書けば、「内蒙特産 乳茶」とでもなりますか。
これが、そのパッケージの写真です。
「蒙牛」という、中国では有名な牛乳・乳製品の会社が出しているものですが、少なくとも私は、大連市内で売っているのを見かけたことがありません。パッケージにある「奶茶」の大きな文字と、「内蒙特产」の文字が見えるでしょうか。
さらに下の方には、モンゴル風の装束をした女性の写真と、ゲル(パオ)という蒙古特有のテント家屋のイラストがあります。
さてさて、せっかく頂いたおみやげですから、早めに頂かないといけません。
そう思って、本日早速飲んでみました。
中には1回分がアルミ袋に納められたインスタント飲料ですから、作るのに難しいことはありません。
カップに入れて、300ccのお湯を注ぐだけ。あとはスプーンでかき混ぜるだけです。
はい、出来上がり。
一口飲んで感じたのは、「しょっぱい!」
原材料を見ると、「牛乳・磚茶(レンガ状に固めたお茶)・食塩」となっています。
ああ、そうだったそうだった。昔TVで見たモンゴル紹介番組で、あちらでは塩を入れたしょっぱいお茶を飲むと言っていたっけ。
そんな知識を本当の経験に変えてくれたインスタント飲料に感謝しながら、今夜はこの辺で終わりにします。
爆竹と花火〜中国の旧正月(2)
2008/02/15 Fri [Edit]
さて、前回の記事「爆竹と花火〜中国の旧正月」の続きです。
昨年の春節(中国の旧正月)前夜、いわゆる「過年」の夜は、けたたましい花火と爆竹との嵐に襲われました。話には聞いていましたが、普通の住宅地のなかで繰り広げられる光と爆音のオンパレードのなかで、最初は興奮、やがては「いい加減に眠らせてくれ!」と悲鳴をあげる凄まじさでした。
それを経験しているので、今回の「過年」の夜には、一体どうなることかと、密かに心配をしていました。だって、去年は周囲には特筆すべきものがない住宅地に住んでいましたが、今は大規模商圏のすぐ近くに住んでいますから。大勢の人が集まって、どんなお祭り騒ぎになるのかと、期待と不安とが混ざる夜を迎えました。
ちなみに中国の家庭では、自宅で餃子を食べながら年越しをするのが一般的なのだそうです。そう言えば、去年つきあいでクラブにいたときも、日付が変わるちょっと前に水餃子を出されて食べたましたね。
今年は、自宅で餃子を作りました。妻が中国人ですから、「過年は家で餃子を作って食べよう」と提案されていたのです。
この日、私は会社から休暇をもらっていたのですが、気になることがあって午前中は自宅で業務。午後になってから近くの市場に買い物に出かけます。
市場まで行ってみると、門には「電源修理により大晦日から正月四日までお休みします」との貼紙が。市場前のちょっとした広場的な路上には露店もあるのですが、目的のものがないので、すぐ近くの巨大スーパーへ。
この時点では、まだ日が高かったのですが、すでに不穏な空気(大げさ)が。
路上の至る所に、爆竹が鳴らされた後の赤い残骸が散らかっていたり、ところどころに集められて積み上がっていたり。移動中には、しばしば勝手気ままに鳴らされる爆竹の煙を吸わされたり。もうお祭りムードは始まっています。
買い物が済んで、家で餃子の支度をして、夜はTVを見て過ごします。中国中央電視台(CCTV)では、例年「春節聯歓晩会」という、日本の紅白歌合戦的な位置づけの番組があるらしいので、それを見ます。
ところが・・・
番組を見ている内に、我が家の周囲の至る所で、爆竹が鳴らされ花火が乱れ飛んでいるのが分かります。音が凄まじいですし、窓の外はすっかり夜の暗さなのに、花火に照らされて周囲のビルの壁が鮮やかに浮かび上がります。
もうこれはTVどころではない。ボリュームをいつもの倍近くにしても、番組の音声が聞き取れない状況が、しばしば発生します。
夜の11時を過ぎた当たりから、ずっとどこかで花火が打ち上がっている状態が続きます。
11時半を過ぎた頃からは、それがますますエスカレートして、遠くで近くで爆音と光が入り乱れます。
そしてピークは日付が変わる12時前後。
11時台前半の花火はまだまだ可愛いものだったと分かる爆音で、花火が爆竹が鳴らされます。花火の方が比率としては多いのですが、連続した花火が周辺の至る所で打ち上げられ、凄まじい爆音です。爆撃を受けたら、こんな轟音がするんじゃないかと感じるほどです。

上記写真は、そのときに撮った写真です。
まだデジカメを買ったばかりの私は撮影にはなれていませんので、美しい写真ではないのが自分でも残念ですが。
これを見てお分かりかも知れませんが、この花火はそれほど大きいものではなく、かなりの至近距離で撮ったものです。どこで撮ったかというと、自宅の窓からです。
このブログの一番最初の記事で、積雪した大連の様子を写真で紹介しましたが、あのときの写真と同じ位置から撮ったものです。

上の写真にある住宅を「小区」形式というのですが、いわば中庭がある団地です。中庭といっても広くはないですよ。写真を見るとお分かりでしょうが、夜の12時前後には、うちの団地の中庭で打ち上げるヤツまで出てくる始末でした。
「団地の中庭で花火するんじゃない!」
心の中で叫びながら、年を越してしまいました。
昨年の春節(中国の旧正月)前夜、いわゆる「過年」の夜は、けたたましい花火と爆竹との嵐に襲われました。話には聞いていましたが、普通の住宅地のなかで繰り広げられる光と爆音のオンパレードのなかで、最初は興奮、やがては「いい加減に眠らせてくれ!」と悲鳴をあげる凄まじさでした。
それを経験しているので、今回の「過年」の夜には、一体どうなることかと、密かに心配をしていました。だって、去年は周囲には特筆すべきものがない住宅地に住んでいましたが、今は大規模商圏のすぐ近くに住んでいますから。大勢の人が集まって、どんなお祭り騒ぎになるのかと、期待と不安とが混ざる夜を迎えました。
ちなみに中国の家庭では、自宅で餃子を食べながら年越しをするのが一般的なのだそうです。そう言えば、去年つきあいでクラブにいたときも、日付が変わるちょっと前に水餃子を出されて食べたましたね。
今年は、自宅で餃子を作りました。妻が中国人ですから、「過年は家で餃子を作って食べよう」と提案されていたのです。
この日、私は会社から休暇をもらっていたのですが、気になることがあって午前中は自宅で業務。午後になってから近くの市場に買い物に出かけます。
市場まで行ってみると、門には「電源修理により大晦日から正月四日までお休みします」との貼紙が。市場前のちょっとした広場的な路上には露店もあるのですが、目的のものがないので、すぐ近くの巨大スーパーへ。
この時点では、まだ日が高かったのですが、すでに不穏な空気(大げさ)が。
路上の至る所に、爆竹が鳴らされた後の赤い残骸が散らかっていたり、ところどころに集められて積み上がっていたり。移動中には、しばしば勝手気ままに鳴らされる爆竹の煙を吸わされたり。もうお祭りムードは始まっています。
買い物が済んで、家で餃子の支度をして、夜はTVを見て過ごします。中国中央電視台(CCTV)では、例年「春節聯歓晩会」という、日本の紅白歌合戦的な位置づけの番組があるらしいので、それを見ます。
ところが・・・
番組を見ている内に、我が家の周囲の至る所で、爆竹が鳴らされ花火が乱れ飛んでいるのが分かります。音が凄まじいですし、窓の外はすっかり夜の暗さなのに、花火に照らされて周囲のビルの壁が鮮やかに浮かび上がります。
もうこれはTVどころではない。ボリュームをいつもの倍近くにしても、番組の音声が聞き取れない状況が、しばしば発生します。
夜の11時を過ぎた当たりから、ずっとどこかで花火が打ち上がっている状態が続きます。
11時半を過ぎた頃からは、それがますますエスカレートして、遠くで近くで爆音と光が入り乱れます。
そしてピークは日付が変わる12時前後。
11時台前半の花火はまだまだ可愛いものだったと分かる爆音で、花火が爆竹が鳴らされます。花火の方が比率としては多いのですが、連続した花火が周辺の至る所で打ち上げられ、凄まじい爆音です。爆撃を受けたら、こんな轟音がするんじゃないかと感じるほどです。

上記写真は、そのときに撮った写真です。
まだデジカメを買ったばかりの私は撮影にはなれていませんので、美しい写真ではないのが自分でも残念ですが。
これを見てお分かりかも知れませんが、この花火はそれほど大きいものではなく、かなりの至近距離で撮ったものです。どこで撮ったかというと、自宅の窓からです。
このブログの一番最初の記事で、積雪した大連の様子を写真で紹介しましたが、あのときの写真と同じ位置から撮ったものです。

上の写真にある住宅を「小区」形式というのですが、いわば中庭がある団地です。中庭といっても広くはないですよ。写真を見るとお分かりでしょうが、夜の12時前後には、うちの団地の中庭で打ち上げるヤツまで出てくる始末でした。
心の中で叫びながら、年を越してしまいました。






